『東漢演義』も凄い

明の謝詔による通俗小説『東漢演義』は後漢の初めから党錮の禁までを舞台とした物語であり、大半は光武帝・劉秀を主人公とした話である。以下は序盤のエピソード「厳光卦卜知真主」・「王莽科場選俊英」の名場面である。<あらすじ>
前漢の末、外戚の王莽は孺子嬰を皇帝に立てて傀儡とし、みずから仮皇帝と称して実権を握っていた。王莽は邪魔な劉氏を消していった。南陽の豪族・劉秀も両親を王莽の大司馬・蘇献*1に殺されていた。劉秀は身を隠して金和と名乗り、復讐の機会を窺っていた。劉秀はあるとき旧友・鄧禹と再会し、その師匠の厳光から「王莽は武挙*2(武士の採用試験)を行っている。そこで仇を討ちなさい」と策を授けられる。決行の日。劉秀はみちみち知り合った馮異・王霸やさっき知り合った李忠・王梁・方修*3を先に試験場に入れ、自分は場外で機会を待つ手筈だった。

時文叔於外,見五人俱中,頓起大怒,思言:「莽賊奪我漢室江山,受此榮貴,不如射死,以雪先仇!」遂搭箭奮射,不覺氣烈猛加,雕弓拽折,驚殺文武眾臣,心寒膽戰。帝見大怒,急令金爪武士拿下,問曰:「汝何人氏?安敢欺君越法,故討死乎!」文叔曰:「吾乃南陽人。姓金名和,特來投軍赴選,有何欺君!」帝令推出斬首。時右丞相竇融急出奏曰:「陛下不可,臣恐斬訖此人,門外未試武士不敢進演,雖有蓋世英雄,勿納為用,有何妨焉?乞陛下姑恕其罪。」帝准奏,令軍卒趕出教場之外,再勿容進。

馮異ら5人は合格して宴席に招かれる。劉秀は王莽への怒りの余り会場に乱入し、矢をつがえて弓をひきしぼる。しかし闘気みなぎる余り弓をへし折り、文武の群臣を驚倒させてしまう。
劉秀の粗相に孺子嬰は「何者じゃ?君を欺き法を犯す奴は死ね!」と怒り、逮捕させる。
「わたしは金和と申す者、試験を受けに来ました。君を欺くとはとんでもない」。思いっきり素性を偽り君を欺きながら弁解する劉秀。
劉秀を斬らせようとする孺子嬰。そのとき右丞相*4・竇融が「この者を斬れば残りの受験生は誰も来なくなります」ととりなした。劉秀は退場処分で済まされる。

忽又四人直入,名曰邳彤、景丹、蓋延、堅譚。王莽俱納為用。選畢,又見一人,身長九尺,面如紫玉,目若朗星,從左翼門進,直奔彩山殿下。莽問曰:「汝何人氏?」對曰:「吾乃棘陽人也,姓岑名彭,字君然,聞陛下招納賢士,故來投選。」帝聞,令選硬弓三張,與彭扯拽,後射朵心。岑彭欣然起,拽硬弓,連斷兩把。再拽第三張,見其頗硬,乃曰:「此弓略可為用。」奮身兜起,連發三矢,俱中紅心。帝大喜,曰:「真將軍也!」即封彭為武舉狀元。(中略)帝謂岑彭曰:「武狀元定矣!」蘇獻奏曰:「還恐有未試者,再令彭走一遭,方才可定。」言未訖,見眾人內閃出一大漢,身長九尺五寸,面如活蟹,須若鋼釘。大喝一聲,言「狀元留待我來,何人敢占?」

邳彤・景丹・蓋延・堅譚がいきなり現れて合格する。この4人はここが初出。と、タッパがあって目に星、「紫玉*5」のごとき面の男が1人入場してきた。
王莽「何者じゃ?」男「岑彭と申します」
「面如紫玉」とは紅顔の美丈夫であろう。この岑彭は強弓を2張り折る力の持ち主、矢を放てば百発百中で「真の将軍である」と孺子嬰をとことん喜ばせ、状元(首席)に選ばれた。
(中略箇所:ここで収まらないのが景丹・蓋延・堅譚。首席の座を賭けて岑彭に挑戦するが簡単に退けられる。腕ひとつで征西将軍の号もゲットした岑彭。空気と化した馮異ら5人。)
孺子嬰が岑彭を首席と宣言する。蘇献が「まだ受験していない者がおります。岑彭に挑戦させてから首席を決めましょう」と言い終わらぬ間に「首席の座は誰にも渡さねえ!」鋼の釘のようなヒゲを生やしたカニみたいな顔の巨漢が乱入し、大音声で呼ばわった。

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スト4のVS画面でコラを作りたかったが著作権の都合でMUGENにした

帝見其人勇烈,宜至殿下,問曰:「汝何人氏?」答曰:「吾乃南陽胡陽人也,姓馬名武,字子張,久已立待,未蒙選用。見陛下封小將為狀元,願與略決輸贏。」(中略)帝急止之曰:「狀元定矣,不必再爭。」武曰:「臣不減於岑彭,豈肯屈居其下!」帝曰:「論汝武藝,可與並肩,但貌不及於岑彭,固如是也。何苦競乎?」馬武曰:「陛下何言!武略選試,並非以貌取人。早知如此,吾致死亦不來也!」帝怒,令趕出教場而去。

孺子嬰「何者じゃ?」男「馬武と申します。ずっと放置プレイ喰らってきました。岑彭みたいな小物を首席にされましたが、勝負を決めさせて頂きたい」
(中略箇所:岑彭と馬武との激しい3本勝負は全部ドロー。)孺子嬰「首席は岑彭に決まっておる。もうやめろ」馬武「岑彭に負けなかったのに下位に置かれるとは納得できません!」
孺子嬰「そなたらの武芸は互角であるが、岑彭のほうがいい男である。もともとそうであるのに何故あえて争うのか」
馬武はキレた。「顔で決めてんじゃねえよ!*6そうだと知ってたら死んで(も)来ねえよ!」暴言により退場処分となる。

この後、劉秀と馬武は意気投合する。馬武は王莽を批判する詩文を城門の壁に書き付ける。素性が割れた劉秀とともに指名手配犯として追われる身となる。

このように『東漢演義』は突き抜けた歴史エンタテインメントである。いわゆる四大奇書アカデミー賞○×部門受賞作品とすれば、『東漢演義』はチャック・ノリスの「地獄のステルスコマンド」である。これがほとんど日の目を見ないのは惜しい。

*1:オリキャラ

*2:この時代にあったっけ?

*3:「万修」のはずだが「万暦」を犯すため「方」とされたと思われる。

*4:これぐらいで怒っては損します。

*5:薔薇の種類に「紫玉」というものがあることと、「やる夫光武帝」では阿部高和が岑彭を演じていることは注目に値する。

*6:唐代の科挙の選考基準のひとつとして「貌」、すなわち貴族らしく優雅な容姿であることが挙げられていたと思う。